東京高等裁判所 平成11年(行ケ)319号 判決 2000年9月20日
原告
株式会社渡辺製作所
代表者代表取締役
【A】
訴訟代理人弁護士
増岡章三
同
増岡研介
同
片山哲章
同弁理士
【B】
同
【C】
同
【D】
同
【E】
被告
特許庁長官【F】
指定代理人
【G】
同
【H】
同
【I】
同
【J】
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求めた判決
1 原告
特許庁が平成10年異議第74872号事件について平成11年8月6日にした決定を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
主文と同旨
第2当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は、名称を「回転ダンパー」とする実用新案登録第2568160号考案(平成5年12月8日出願、平成10年1月9日設定登録、以下「本件考案」という。)の実用新案登録権者である。
【K】は、平成10年9月28日、本件実用新案登録につき実用新案登録異議の申立てをし、平成10年異議第74872号事件として、特許庁に係属したところ、原告は、平成11年2月16日に明細書の実用新案登録請求の範囲及び考案の詳細な説明を訂正する旨の訂正請求(以下「本件訂正請求」といい、本件訂正請求に係る訂正を「本件訂正」という。)をし、さらに、同年6月8日に本件訂正請求に係る訂正請求書の補正(明細書の考案の詳細な説明についての訂正事項を追加するもの、以下「本件補正」という。)をした。
特許庁は、同実用新案登録異議の申立てにつき審理した上、平成11年8月6日に「実用新案登録第2568160号の実用新案登録を取り消す。」との決定(以下「本件決定」という。)をし、その謄本は同年9月4日、原告に送達された。
2 実用新案登録請求の範囲の記載
(1) 設定登録時の明細書の実用新案登録請求の範囲の記載
皿形ハウジングと、該皿形ハウジングの底盤上で回転する制動板部、及び該制動板部の中心から起立する回転軸部とからなるロータと、該ロータの回転軸部の外周に嵌装着されたOリングと、前記皿形ハウジングの内部を上から塞ぐキャップと、同皿形ハウジングの内部に内在させた制動部材とで構成された回転ダンパーに於いて、前記制動部材がシリコンゲルからなる粘性固体で、該粘性固体を皿形ハウジングの内部に封入したことを特徴とする回転ダンパー。
(2) 本件訂正に係る実用新案登録請求の範囲の記載
皿形ハウジングと、該皿形ハウジングの底盤上で回転する制動板部、及び該制動板部の中心から起立する回転軸部とからなるロータと、該ロータの回転軸部の外周に嵌装着されたOリングと、前記皿形ハウジングの内部を上から塞ぐキャップと、同皿形ハウジングの内部に内在させた制動部材とで構成された回転ダンパーに於いて、前記制動部材がロータの回転により攪拌されて併合し合いロータの回転を制動するシリコンゲルからなる粘性固体で、該粘性固体を皿形ハウジングの内部に封入したことを特徴とする回転ダンパー。
3 本件決定の理由
本件決定は、別添決定書写し記載のとおり、①本件補正は、訂正請求書の要旨を変更するものであるから、特許法等の一部を改正する法律(平成6年法律116号)附則9条2項において準用する特許法120条の4第3項においてさらに準用する同法131条2項の規定により採用することができないとし、②本件訂正請求は、本件訂正に係る考案(以下「訂正考案」という。)が、本願出願前に日本国内において頒布された刊行物である特開平5-52232号公報(以下「引用例1」という。)記載の考案(以下「引用例考案1」という。)並びに特開昭63-225744号公報(以下「引用例3」という。)及び特開平1-98731号公報(以下「引用例4」という。)に記載されるような周知の技術事項に基づいて、当業者が極めて容易に考案することができたものであり、実用新案登録出願の際、独立して実用新案登録を受けることができない考案であるから、特許法等の一部を改正する法律(平成6年法律116号)附則9条2項の規定により準用され、同附則10条1項の規定によりなお従前の例によるとされる、特許法120条の4第3項で準用する同法126条4項の規定(「特許法等の一部を改正する法律(平成6年法律116号)附則9条2項において準用する特許法120条の4第3項においてさらに準用する同法126条4項の規定」との趣旨と解される。)により、認めることができないとし、③実用新案登録異議申立てについて、本件考案の要旨を、設定登録時の明細書の実用新案登録請求の範囲の記載のとおり認定した上、本件考案が、本願出願前に日本国内において頒布された刊行物である実公平5-17462号公報(以下「引用例5」という。)に記載された考案(以下「引用例考案5」という。)並びに特開平1-227651号公報(以下「引用例2」という。)、引用例3及び引用例4に記載されるような周知の技術的事項に基づいて、当業者が極めて容易に考案することができたものと認められるから、実用新案法3条2項の規定により実用新案登録を受けることができないものであり、特許法等の一部を改正する法律(平成6年法律116号)附則9条7項に基づく、特許法等の一部を改正する法律の施行に伴う経過措置を定める政令(平成7年政令第205号)3条1項、2項の規定により、実用新案登録を取り消すとした。
第3原告主張の本件決定取消事由
本件決定の理由中、本件補正が、訂正請求書の要旨を変更するものであって、採用することができないとした判断、本件訂正請求の当否の判断における、訂正考案と引用例考案1との一致点の認定及び相違点の認定、実用新案登録異議申立てについての判断における、本件考案と引用例考案5との一致点の認定及び相違点(2)~(4)の認定は認める。
本件決定は、本件訂正請求の当否の判断に当たって、引用例考案1の技術事項を誤認して、訂正考案と引用例考案1との相違点を看過する(取消事由1)とともに、本件決定の認定した相違点についての判断を誤って(取消事由2)、訂正考案が、引用例考案1及び周知の技術事項に基づいて、当業者が極めて容易に考案することができたから本件訂正請求が認められないと誤って判断した結果、本件考案の要旨の認定を誤ったものであり、仮に、本件訂正請求が認められないとの判断に誤りがないとしても、実用新案登録異議申立てについての判断に当たって、引用例考案5の技術事項を誤認して、本件考案と引用例考案5との相違点を看過し(取消事由3)、相違点(1)の認定を誤り(取消事由4)、さらに、本件決定の認定した相違点についての判断を誤った(取消事由5)結果、本件考案が、引用例考案5及び周知の技術的事項に基づいて、当業者が極めて容易に考案することができたとの誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(訂正考案と引用例考案1との相違点の看過)
(1) 本件決定は、本件訂正請求の当否の判断に当たって、引用例考案1につき、「皿形ハウジング10と、・・・前記皿形ハウジング10の内部を上から塞ぐキャップ30と・・・で構成された回転ダンパー」(決定書6頁17行目~7頁4行目)と認定し、この認定に基づき、訂正考案と引用例考案1との対比をしたが、引用例1(甲第5号証)に、「前記キャップには皿形ハウジングの外周筒壁の外周に嵌合する嵌合筒壁、上記皿形ハウジングの外周筒壁の外周下部には直径が下向きに拡大し、前記キャップの嵌合筒壁を上から嵌合したときに嵌合筒壁の内周下端部が当接する円錐面の傾斜裾部を夫々設け、上記嵌合筒壁の内周下端部と、皿形ハウジングの傾斜裾部を当接し、高周波溶着して皿形ハウジングとキャップを固定したことを特徴とする回転ダンパー」(特許請求の範囲)と記載されているとおり、引用例考案1は、単に皿形ハウジングを上からキャップで塞ぐだけでなく、キャップと皿形ハウジングを高周波溶着して固定する点に特徴がある。
これに対し、訂正考案には、「前記皿形ハウジングの内部を上から塞ぐキャップ」(本件訂正に係る実用新案登録請求の範囲)が存在するのみであり、高周波溶着等による固定作業は不要であって、この点において、引用例考案1と相違している。
したがって、本件決定には、引用例考案1の上記技術事項を誤認し、訂正考案と引用例考案1との上記相違点を看過した誤りがある。
(2) 被告は、本件訂正に係る実用新案登録請求の範囲に、キャップを皿形ハウジングに固定する具体的な態様を限定する記載がないから、引用例考案1との対比において、引用例考案1の構成だけ、固定の具体的な態様まで限定しなければならないとすることに合理性はないと主張するが、上記のとおり、特許請求の範囲に、高周波溶着してキャップを皿形ハウジングに固定することを特徴とすることが記載されている引用例考案1に対し、訂正考案については、本件訂正に係る訂正明細書(甲第4号証)に、「従来の様に高周波溶着等により皿形ハウジングとキャップとを固定すると言った面倒で手間の掛かる固定作業が一切不要となる」(3頁28行目~4頁1行目)との効果が明確に記載されており、この点が、両考案の相違点であることは明白である。
2 取消事由2(訂正考案と引用例考案1との相違点についての判断の誤り)
(1) 本件決定は、本件訂正請求の当否の判断に当たって、本件決定の認定した相違点である「粘性物質について、本件訂正明細書の考案(注、訂正考案)では、ロータの回転により攪拌されて併合し合いロータの回転を制動するシリコンゲルからなる粘性固体としているのに対し、引用例考案1では、ロータ20の回転により攪拌されてロータ20の回転を制動するシリコンオイルなどの粘性流体42となっている点」(決定書8頁9行目~15行目)につき、「本件訂正明細書の考案と同じ技術分野である『慣性ダンパ』において、『ダンパ作用をする粘性液体に変えて、シリコンゲルからなる粘性固体を用いること』が、特開昭63-225744号公報(注、引用例3)・・・及び特開平1-98731号公報(注、引用例4)・・・に記載されているように従来周知の技術的事項であって、該引用例3及び引用例4に記載されているシリコンゲルは、本件訂正明細書の考案のシリコンゲルと同じように、ロータの回転により攪拌されて併合し合いロータの回転を制動するものと認められる。また、シリコンゲルの特性についても、作用する力の大きさ、必要なダンパ作用及び使用環境等の通常の設計において考慮する事項を勘案して、適宜選択できる程度のことと認められる。してみると、この相違点に係る本件訂正明細書の考案の構成は、引用例1に記載された考案において、『ダンパ作用をする粘性液体に換えて、シリコンゲルからなる粘性固体を用いること』により、当業者がきわめて容易に想到できたものと認められる。」(同8頁18行目~9頁19行目)と判断したが、それは誤りである。
(2) 本件決定は、引用例3、4に記載された「慣性ダンパ」と訂正考案とが同じ技術分野に属すると認定したが、「ダンパ(ダンパー)」との用語は、「広辞苑(第5版)」に「振動を吸収する装置。自動車・鉄道車両・航空機・構造物などに付けて、粘性抵抗・摩擦などを利用して熱エネルギーの形で吸収する場合が多い。」(甲第10号証1696~1697頁)と、平成5年6月1日初版第3刷発行の越後亮三外4名編「機械工学辞典」(以下「機械工学辞典」という。)に「計測器・車両・航空機・一般機械・構造物などの振動系に付加して,自由振動の減衰,自励振動の防止,強制振動の振幅低減をはかる制振装置をいう.」(乙第7号証603頁)と、それぞれ記載されているとおり、本来は振動を吸収する装置を指すものであったのであり、引用例3、4記載の「慣性ダンパ」は、その種の装置を意味している。これに対し、引用例考案1及び訂正考案の「回転ダンパー」は、粘性抵抗・摩擦などを利用している点では上記のような本来の「ダンパ」と共通しているものの、振動を吸収する装置ではなく、回転を制動する装置であり、この場合の「ダンパ」との用語は、本来の「ダンパ」からの転用なのである。したがって、たまたま「ダンパ」という呼び方が同じであるからといって、両者の技術分野が同じであるということはできない。
訂正考案と引用例3、4記載の「慣性ダンパ」が、国際特許分類表においては、いずれも最上位の分類(サブクラス)であるF16Fの「ばね;緩衝装置;振動減衰手段」に分類されていることは、被告主張のとおりであるが、技術分野が同一であるというのはこの限度にすぎないのであって、F16Fの下位の分類(メイングループ)においては、訂正考案が、F16F9/00(以下、単に「9/00」という。)に、引用例3、4記載の「慣性ダンパ」が、F16F15/00(以下、単に「15/00」という。)に分類されている。
被告は、引用例3、4記載の考案におけるシリコンゲルが、機械系の運動エネルギーを熱エネルギーに変換して消散させる作用をしている点において、訂正考案におけるシリコンゲルと共通する旨主張するが、物理的なメカニズムが共通であるから技術分野が共通であるとするならば、技術分野を論じる意味はほとんどなくなってしまう。技術分野の異同を考える場合には、物理的なメカニズムなどではなく、どのような目的で、どのような技術が用いられるかが重要なのである。
(3) また、本件決定は、引用例3、4記載のシリコンゲルが、訂正考案のシリコンゲルと同様、ロータの回転により攪拌されて併合し合いロータの回転を制動するものと認定するが、上記のとおり、引用例3、4記載の「慣性ダンパ」は、振動を吸収する本来の意味の「ダンパ」であり、そこにおけるシリコンゲルの機能は、「回転の制動」ではなく、「振動の吸収」である。そして、「振動の吸収」は振動をゼロにすることであるのに対し、「回転の制動」は適正にロータを回転させることであるから、両者は全く異なるものであり、引用例3、4記載のシリコンゲルが、このような意味で回転を制動するものでないことは明白である。
(4) 訂正考案には、回転ダンパーを適正にゆっくり動かすという「制動」のために、シリコンゲルを用いた点に発想の飛躍があり、新規性及び進歩性が認められるものである。シリコンゲルを商品化して販売している信越化学工業株式会杜及び株式会社シーゲルの技術資料やパンフレット(甲第11、第12号証)にも、シリコンゲルを制動のために用いるという用途は全く記載されていない。すなわち、シリコンゲルを「制動」のために用いるという訂正考案の発想は全く新しいものであった。
引用例3、4記載の考案におけるシリコンゲルが、機械系の往復運動エネルギーを熱エネルギーに変換して消散させる作用をしている点において、訂正考案におけるシリコンゲルと共通する旨の被告の主張は、考案を原理のレベルまで極端に抽象化し、それに基づいて進歩性がないとするものであるが、原理をどのように用いて、産業上利用可能な考案としたかということが、進歩性の問題なのである。
3 取消事由3(本件考案と引用例考案5との相違点の看過)
(1) 本件決定は、実用新案登録異議申立てについての判断に当たって、引用例考案5につき、「円形の・・・ハウジング4と、該ハウジング4の底壁4a上で回転する内側ロータ7、及び該内側ロータ7の中心から起立する内外回転軸6とからなる内外回転軸6と内側ロータ7の組立体と、・・・前記ハウジング4の内部を上から塞ぐキャップ5と、同ハウジング4の内部に内在させた制動部材とで構成された回転ダンパー装置に於いて、前記制動部材がシリコンオイル等からなる粘性オイルで、該粘性オイルをハウジング4の内部に封入したことを特徴とする回転ダンパー装置。」(決定書12頁14行目~13頁6行目)と認定し、この認定に基づき、本件考案と引用例考案5との対比を行った。
(2) しかしながら、引用例考案5は、引用例5(甲第9号証)に、「粘性オイルに接する内側ロータの外面にエア溜り用凹部を形成したことを特徴とする回転ダンパー装置」(実用新案登録請求の範囲)、「本考案によれば・・・粘性オイルに接する内側ロータの外面にはエア溜り用凹部を形成したので、組立作業において粘性オイル中にエアが混入したとしても、制動時と非制動時の回転がスムーズで、しかも耐久性の高い一方向性の回転ダンパー装置を提供することができる」(8欄41行目~9欄4行目)と記載されているとおり、内側ロータの外面にエア溜り用凹部を形成した点に特徴がある。
これに対し、本件考案は、制動部材として、粘性オイルではなく、シリコンゲルからなる粘性固体を用いているため、エアの混入を問題にする必要がなく、エア溜り用凹部を形成することは不要であって、この点において本件考案と引用例考案5とは際立って相違している。
したがって、本件決定には、引用例考案5の上記技術事項を誤認し、本件考案と引用例考案5との上記相違点(以下「原告主張相違点a」という。)を看過した誤りがある。
(3) さらに、引用例5(甲第9号証)には、「キャップ5は、円形の上壁5aと、この上壁5aの周囲から環状に短く垂下して、前記ハウジングの周壁4bの上端部の外周に嵌合する周縁部5bとから成り、上記ハウジング4と同様に、適度な弾性と剛性を有する、例えばナイロン系樹脂で一体成形する」(3欄41行目~4欄2行目)、「キャップ5の通孔18を、内外回転軸6の突軸6cの先端に合せて、ハウジング4の上縁に被着する」(6欄29行目~31行目)、「ハウジング4とキャップ5を、例えば超音波溶着してもよい」(6欄40行目~41行目)との各記載があり、これらの記載に照らして、引用例考案5は、単にハウジング4の内部を上からキャップ5で塞ぐだけでなく、粘性オイルの漏出を防ぐようハウジング内部を密閉するものであることが明らかである。
これに対し、制動部材として、粘性オイルではなく、シリコンゲルからなる粘性固体を用いる本件考案においては、「前記皿形ハウジングの内部を上から塞ぐキャップ」(設定登録時の明細書の実用新案登録請求の範囲)が存在するのみであり、キャップはハウジング内部を密閉するものではないから、引用例考案5との間には、この点で極めて重要な相違がある。
したがって、本件決定には、引用例考案5の上記技術事項を誤認し、本件考案と引用例考案5との上記相違点(以下「原告主張相違点b」という。)を看過した誤りがある。
4 取消事由4(本件考案と引用例考案5との相違点(1)の認定の誤り)
本件決定は、実用新案登録異議申立てについての判断に当たって、本件考案と引用例考案5との相違点(1)として、「制動部材について、本件登録考案では、回転する制動板部となっているのに対し、引用例考案5では、回転する内側ロータ7となっている点」(決定書14頁10行目~12行目)との認定をしたが、本件考案において、制動板部はロータの一部を構成するのであるから、正確には、本件考案においてはロータに回転制動のための制動板部が存在するのに対し、引用例考案5にはこれが存在しないことが、両者の相違点(以下「原告主張相違点c」という。)であり、本件決定の上記相違点(1)の認定は誤りである。
5 取消事由5(本件考案と引用例考案5との相違点についての判断の誤り)
(1) 本件決定は、実用新案登録異議申立てについての判断に当たって、本件決定の認定した上記相違点(1)、相違点(2)の「回転体について、本件登録考案では、制動板部及び該制動板部の中心から起立する回転軸部とからなるロータとなっているのに対し、引用例考案5では、内側ロータ7及び該内側ロータ7の中心から起立する回転軸部(内外回転軸6)とからなる組立体となっている点」(決定書14頁13行目~18行目)及び相違点(3)の「Oリングの嵌装着態様について、本件登録考案では、ロータの回転軸部の外周に嵌装着されたOリングとなっているのに対し、引用例考案5では、組立体の内側ロータ7の筒壁7bの上縁の環状段部29に嵌装着されたOリングとなっている点」(同14頁19行目~15頁4行目)の各点につき、形状の相違としてのみ捉え、いずれも「当業者が実施に際して通常行う設計的事項の微差」(同15頁15行目~16行目、16頁1行目~2行目、同頁10行目~11行目)にすぎないとし、また、本件決定の認定した相違点(4)の「制動部材について、本件登録考案では、シリコンゲルからなる粘性固体となっているのに対し、引用例考案5では、シリコンオイル等からなる粘性オイルとなっている点」(同15頁5行目~8行目)につき、「本件登録考案(注、本件考案)と同じ技術分野である『慣性ダンパ』において、『ダンパ作用をする粘性液体に変えて、シリコンゲルからなる粘性固体を用いること』が、特開平1-227651号公報(注、引用例2)・・・特開昭63-225744号公報(注、引用例3)・・・及び特開平1-98731号公報(注、引用例4)・・・に記載されているように従来周知の技術的事項である。そして、引用例考案5のダンパ作用をする『シリコンオイル等からなる粘性オイル』を『シリコンゲルからなる粘性固体』に換えることは、上記周知の技術的事項である『ダンパ作用をする粘性液体に変えて、シリコンゲルからなる粘性固体を用いること』を引用例考案5に適用することにほかならず、これによりもたらされる効果も当業者の予測を越えるものとは認められない。してみると、この相違点(4)で摘記した本件登録考案を特定する事項は、引用例考案5及び従来周知の技術的事項に基づき、当業者がきわめて容易に想到できた」(決定書16頁14行目~17頁14行目)として、本件考案が、引用例考案5及び周知の技術事項に基づき、当業者が極めて容易に考案をすることができたものと判断した。
(2) しかしながら、上記2(取消事由2)で主張したことと同一の理由により、本件決定の相違点(4)についての判断は誤りである。
それのみならず、相違点(3)並びに原告主張相違点a及び原告主張相違点bは、いずれも相違点(4)と密接な関連を有するものである。
すなわち、引用例考案5は、相違点(4)のとおり、制動部材として粘性オイルを用いているために、原告主張相違点aのとおり、ロータの外面にエア溜り用凹部を形成したり、原告主張相違点bのとおり、キャップによってハウジング内部を密閉したり、相違点(3)のとおり、Oリングを環状段部に嵌装着するなどして、密閉性を高めたりする必要があったものである。換言すれば、引用例考案5は、制動部材として粘性オイルを用いる従来技術を前提として、それにより生じる問題点を解決するため、原告主張相違点a、b及び相違点(3)に係る方法を用いたものである。
これに対し、本件考案は、制動部材として粘性オイルを用いるという従来の発想そのものを転換し、シリコンゲルからなる粘性固体を用いることにより、引用例考案5の原告主張相違点a、b及び相違点(3)に係る工夫を不要とするような技術を提案したものである。
なお、原告主張相違点cに係る本件考案の構成は、本件考案が、制動性をより高めるために工夫した点の一つである。
このように、制動部材として粘性オイルを用いていた従来技術に対し、シリコンゲルからなる粘性固体を用いるということは、従来技術の様々な問題点を一挙に解決する画期的な発想なのであって、相違点(4)について、当業者が極めて容易に想到できたとする本件決定の判断は明白な誤りである。
第4被告の反論
本件決定の認定及び判断は正当であり、原告主張の取消事由は理由がない。
1 取消事由1(訂正考案と引用例考案1との相違点の看過)について
引用例1(甲第5号証)には、「皿形ハウジングの外周筒壁12が囲む空間に粘性流体42を入れ」(3欄15行目~17行目)、「それからキャップ30の嵌合筒壁32を皿形ハウジングの外周筒壁12の外に嵌めてキャップを被せ、嵌合筒壁32の内周下端部が傾斜裾部14に上から当接したら・・・、当接状態を保ち高周波ウエルダにより嵌合筒壁32と円錐面の傾斜裾部14との当接部15を溶かし、図2のようにキャップ30と皿形ハウジング10を溶着する。」(同欄20行目~26行目)、「固定のための係合装置を設ける必要がないと共に、上記溶着により皿形ハウジングの外周筒壁12を伝わっての粘性流体42の外部洩れが防止できる。このため、皿形ハウジングの外周筒壁を伝わって粘性流体が洩れるのを防ぐ大径のOリングの使用が廃止できる」(4欄9行目~14行目)との各記載があり、これらの記載によって、「皿形ハウジング10の内部を、その内容物である粘性流体が外部に漏出しない程度に上から覆うキャップ30」、すなわち、「皿形ハウジングの内部を上から塞ぐキャップ」が開示されていると認めることができる。
上記各記載によって、引用例1に、「皿形ハウジングの外周筒壁12を伝わっての粘性流体42の外部洩れが防止できる」程度の固定の態様として、高周波溶着が開示されていることも認められるが、本件訂正に係る実用新案登録請求の範囲には、訂正考案の構成につき、「皿形ハウジングの内部を上から塞ぐキャップ」と記載されており、キャップを皿形ハウジングに固定する具体的な態様を限定する記載はないから、訂正考案と引用例考案1の対比において、引用例考案1の構成だけ、固定の具体的な態様まで限定しなければならないとすることに合理性はない。
そうすると、本件決定が、引用例考案1の認定に当たり、キャップと皿形ハウジングの固定の態様について「高周波溶着して皿形ハウジングとキャップを固定し」とすることなく、「皿形ハウジングの内部を上から塞ぐキャップ」と認定したことに誤りはなく、したがって、この引用例考案1の認定に基づく、訂正考案と引用例考案1との対比に、原告主張の相違点の看過はない。
2 取消事由2(訂正考案と引用例考案1との相違点についての判断の誤り)について
(1) 原告は、引用例3、4に記載された「慣性ダンパ」と訂正考案との技術分野が同じではないと主張する。
しかしながら、国際特許分類表には、最上位の分類(サブクラス)であるF16Fに、「ばね;緩衝装置;振動減衰手段」と記載され、さらに、F16Fの下位の分類(メイングループ)であって、訂正考案が分類される9/00には、「ばね,振動減衰装置,緩衝装置,または減衰媒体として流体またはその均等物を用いる同様に組み立てられた運動減衰装置」と記載されており、これらに含まれるような概念の技術がそれぞれF16F又はそのうちの9/00に分類されるものである。
そして、これらの記載に、機械工学辞典の「緩衝器(damper)」、「緩衝装置(shock absorber)」、「減衰(damping)」及び「ダンパ(damper)」の各項目に係る記載(乙第7号証176頁、177頁、279頁、603頁)を併せ考えれば、9/00には、緩衝器(damper)や緩衝装置(shock absorber)のような、機械系の一方向の運動エネルギーを、熱エネルギーに変換して消散させる作用により減衰させる技術と、振動減衰手段のような、機械系の往復運動エネルギーを、熱エネルギーに変換して消散させる作用により減衰させる技術とが、共に分類され、減衰媒体として各種の流体及びその均等物とみられるものが予定されていると解することができ、そうすると、慣性ダンパのような振動減衰手段は、減衰媒体の種類にかかわらず9/00に含まれるものと認めることができる。
他方、引用例3、4に記載された考案が分類される15/00には、「機構の振動防止・・・;不釣合力,例.運動の結果として生ずる力,を回避または減少させる方法または装置」と記載されており、特定の機構、例えばモータ等の機構における振動を防止したり、減少させるものであって、機械系の往復運動を減衰させるもの等の技術が示されていることは明らかであり、その減衰のメカニズムは、9/00と共通するものである。現に、引用例3、4記載の考案におけるシリコンゲルは、モータの回転に伴う振動の往復運動エネルギーを熱エネルギーに変換して消散させる作用をしており、この点において、訂正考案におけるシリコンゲルや引用例考案1のシリコーン油の作用と共通するものである。
したがって、引用例3、4に記載された「慣性ダンパ」と訂正考案との技術分野が同じではないとの原告主張には合理性がなく、誤りである。
(2) 原告は、引用例3、4記載の「慣性ダンパ」におけるシリコンゲルの機能が「振動の吸収」であって、振動をゼロにすることであるのに対し、訂正考案のシリコンゲルの機能である「回転の制動」は、適正にロータを回転させることであるから、両者は全く異なるものであるとして、引用例3、4記載のシリコンゲルが、訂正考案のシリコンゲルと同様、ロータの回転により攪拌されて併合し合いロータの回転を制動するものとした本件決定の認定が誤りであると主張する。
しかしながら、上記のとおり、引用例3、4記載の慣性ダンパにおいて、シリコンゲルが果たしている機能は、機械系の往復運動エネルギーを熱エネルギーに変換して消散させる作用であり、その結果として、振動を望ましい状態にすることができるものであるのに対し、訂正考案において、シリコンゲルが果たしている機能は、機械系の一方向の運動エネルギーを熱エネルギーに変換して消散させる作用であり、その結果として、運動を望ましい状態にすることができるものであって、両者のシリコンゲルが果たしている機能に格別な相違はない。
そして、本件訂正に係る訂正明細書に、訂正考案の「ロータの回転により攪拌されて併合し合いロータの回転を制動するシリコンゲル」が、具体的にどのようなものであるかは記載されておらず、このシリコンゲルは、引用例3、4に記載されている周知のシリコンゲルと実質的に相違しないものであると認められるから、引用例3、4記載の周知のシリコンゲルは、訂正考案のシリコンゲルと同じような作用効果を奏することができるものと解される。
したがって、本件決定の上記認定に誤りはない。
(3) 原告は、回転ダンパーを適正にゆっくり動かすという「制動」のために、シリコンゲルを用いた訂正考案の発想は全く新しいものであったと主張する。
しかしながら、一般に、「制動」とは、運動を制することであるところ、引用例3、4記載の慣性ダンパにおいても、機械系の往復運動エネルギーを熱エネルギーに変換して消散させる作用は、機械系の運動体が減衰媒体のシリコンゲルを剪断することによる剪断抵抗によって生じており、この剪断抵抗が機械系の運動を制していると見ることができるのであるから、シリコンゲルは「制動」のために用いられていることになる。また、機械工学辞典の「ダンパ(damper)」の項目の記載(乙第7号証603頁)によっても、各種ダンパーにおいて「制動力」を利用していることが明らかである。
したがって、原告の上記主張は失当である。
3 取消事由3(本件考案と引用例考案5との相違点の看過)について
(1) 原告主張相違点a(エア溜り用凹部の有無)について
本件考案に係る設定登録時の明細書の実用新案登録請求の範囲には、本件考案の「ロータ」について、「皿形ハウジングの底盤上で回転する制動板部、及び該制動板部の中心から起立する回転軸部とからなるロータ」と記載されているのみであり、ロータを構成する「制動板部」の具体的な形状の態様には限定がなく、粘性固体からなる制動部材と協働して、ロータの回転トルクを調整する程度に、何らかの形状の態様で回転するものであると解することができる。
他方、引用例5に、内側ロータの外面に形成したエア溜り用凹部が開示され、「組立作業において粘性オイル中にエアが混入したとしても、制動時と非制動時の回転がスムーズ」になる程度の効果が記載されていることは、原告主張のとおりであるが、本件考案の構成が、「ロータ」の形状の具体的な態様まで限定するものでないのであるから、本件考案と引用例考案5との対比において、引用例考案5の構成だけ、形状の具体的な態様まで限定しなければならないとすることに合理性はない。
そして、引用例5(甲第9号証)には、「内側ロータ7の外面にはエア溜り用凹部を形成する。本実施例では・・・開放面25′を中心に、円周方向に等間隔で四方に放射状に延び、且つその周縁から筒壁7bに沿ってL字形に立上り、筒壁7bの高さの途中迄延びたコ字形断面の4本の溝……をエア溜り用凹部として形成する。」(5欄19行目~26行目)、「注入した粘性オイル9は、ハウジング4と内側ロータ7との嵌合隙間8中に満ちる。・・・又、内側ロータ7の環状段部29の下の環状凸部30は、粘性オイル9の上昇を防止する。」(5欄43行目~6欄6行目)、「内側ロータ7はハウジング4中で回転し、その回転はハウジング4との嵌合隙間8に介在する粘性オイル9の粘性により制動される。」(7欄36行目~38行目)、「エア溜り用凹部を形成したので、組立作業において粘性オイル中にエアが混入したとしても、制動時と非制動時の回転がスムーズ」(8欄44行目~9欄3行目)、「制動されて閉まる速度は、・・・粘性オイル9の粘性とその量、内側ロータ7とハウジング4の嵌合面積により定まる。従って、カバー3の重量に応じて、ギヤ比、使用する粘性オイル9の粘度や量、内側ロータ7とハウジング4の直径や高さを適宜に変更することで、カバー3の閉じる速度を自由に設定できる。」(7欄42行目~8欄6行目)との各記載があり、これらの記載によると、引用例考案5のエア溜り用凹部には通常は粘性オイルが満ちており、このエア溜り用凹部の形状を含めた内側ロータの形状や寸法とハウジングの内側の寸法、粘性オイルの粘度等が必要な制動力を生じるように選択されているものと認められるのであるから、引用例5には、本件考案の「ロータ」と同様、制動部材と協働して、内側ロータに作用する制動力を調整する程度に、何らかの形状の態様の「内側ロータ」が記載されていると解することができる。
したがって、本件決定が、引用例考案5の認定に当たって、「内側ロータ」の形状の態様につき、「粘性オイルに接する外面にエア溜り用凹部を形成した内側ロータ」とすることなく、単に「内側ロータ」と認定したことに誤りはない。
(2) 原告主張相違点b(キャップによるハウジング密閉の有無)について
引用例5(甲第9号証)には、「円形の底板4aと円筒形に立上った周壁4bから成るハウジング4」と「キャップ5」の関係について、「キャップ5の通孔18を、内外回転軸6の突軸6cの先端に合せて、ハウジング4の上縁に被着する。このとき、キャップ5の3つの舌片19を、ハウジング4の爪17に合せて上から押込むと、・・・係止孔19′に爪17が嵌り込み、キャップ5が外れなくなる」(6欄29行目~37行目)、「Oリング10によりハウジング4と内側ロータ7との嵌合隙間8をシールする。」(同欄2行目~4行目)との各記載があり、これらの記載により、「キャップ5をハウジング4の上縁に被着し、外れなくして、内部の粘性オイルをシールすること」、すなわち、「皿形ハウジングの内部を上から塞ぐキャップ」が開示されていると認めることができる。
そうすると、本件決定が、引用例考案5の認定に当たり、「皿形ハウジングの内部を上から塞ぐキャップ」と認定したことに誤りはない。
(3) したがって、上記引用例考案5の認定に基づく、本件考案と引用例考案5との対比に、原告主張の相違点の看過はない。
4 取消事由4(本件考案と引用例考案5との相違点(1)の認定の誤り)について
原告は、本件考案において、制動板部がロータの一部を構成するのであるから、本件考案においてはロータに回転制動のための制動板部が存在するのに対し、引用例考案5にはこれが存在しないことが、両者の相違点であり、本件決定が認定した相違点(1)は誤りであると主張する。
しかしながら、本件考案に係る設定登録時の明細書の実用新案登録請求の範囲において、制動のための制動板部の構成は特に限定されておらず、他方、引用例考案5の内側ロータの粘性流体と接する部分は、制動力を直接受けるものと解することができるから、本件決定がした相違点(1)の認定に誤りはない。
5 取消事由5(本件考案と引用例考案5との相違点についての判断の誤り)について
上記2(取消事由2について)において、述べたと同様の理由により、本件考案と引用例考案5との相違点についての本件決定の判断に誤りはない。
第5当裁判所の判断
1 取消事由1(訂正考案と引用例考案1との相違点の看過)について
(1) 本件訂正に係る訂正明細書の実用新案登録請求の範囲の記載は前示のとおりであって、訂正考案における皿形ハウジングとキャップとの関係については、「皿形ハウジングの内部を上から塞ぐキャップ」とのみ記載されているにとどまるものである。
他方、引用例1(甲第5号証)には、引用例考案1について、「皿形ハウジングの外周筒壁に対し固定されて該皿形ハウジングの内部を上から塞ぐキャップ・・・からなる回転ダンパーにおいて、・・・前記キャップには皿形ハウジングの外周筒壁の外周に嵌合する嵌合筒壁、上記皿形ハウジングの外周筒壁の外周下部には直径が下向きに拡大し、前記キャップの嵌合筒壁を上から嵌合したときに嵌合筒壁の内周下端部が当接する円錐面の傾斜裾部を夫々設け、上記嵌合筒壁の内周下端部と、皿形ハウジングの傾斜裾部を当接し、高周波溶着して皿形ハウジングとキャップを固定したことを特徴とする回転ダンパー」(特許請求の範囲)、「キャップ30の嵌合筒壁32を皿形ハウジングの外周筒壁12の外に嵌めてキャップを被せ、嵌合筒壁32の内周下端部が傾斜裾部14に上から当接したら・・・、当接状態を保ち高周波ウエルダにより嵌合筒壁32と円錐面の傾斜裾部14との当接部を溶かし、図2のようにキャップ30と皿形ハウジング10を溶着する。」(3欄20行目~26行目)との各記載があるところ、これらの記載によれば、引用例考案1のキャップ30が、皿形ハウジング10の内部を上から塞ぐ構成であることは明らかである。
(2) 原告は、引用例考案1が、キャップと皿形ハウジングを高周波溶着して固定する点に特徴があって、その点において、高周波溶着等による固定作業が不要である訂正考案と相違しており、本件決定がかかる相違点を看過したものと主張する。
そして、前示各記載によれば、引用例1には、引用例考案1につき高周波溶着して皿形ハウジングとキャップを固定することが開示されており、また、本件訂正に係る訂正明細書(甲第4号証)には、訂正考案の効果として、「従来の様に高周波溶着等により皿形ハウジングとキャップとを固定すると言った面倒で手間の掛かる固定作業が一切不要となる」(3頁28行目~4頁1行目)との記載があることが認められる。
しかしながら、本件決定における訂正考案と引用例考案1との一致点及び相違点の認定は、本願出願前に頒布された刊行物記載の考案である引用例考案1との関係において訂正考案に新規性が認められるか否かの判断に関するものであり、また、訂正考案に進歩性が認められるか否かの判断の前提となるものであるところ、本件訂正に係る訂正明細書の実用新案登録請求の範囲には、訂正考案の構成に欠くことができない事項のみが記載されるものであり(平成6年法律第116号による改正前の実用新案法5条5項2号)、この実用新案登録請求の範囲に基づいて、訂正考案の要旨を認定すべきものであるから、前示相違点として認定すべきものであるか否かは、訂正考案において欠くことができない事項として、その実用新案登録請求の範囲に記載された事項それ自体を、引用例考案1が備えるものであるか否かによって定まるものというべきであり、引用例考案1が、訂正考案に係る実用新案登録請求の範囲に記載された事項を備えているとすれば、実用新案登録請求の範囲にない構成が加重されて、さらに限定がされているとしても、当該限定された事項を相違点として認定する必要はないものというべく、したがって、訂正考案との対比(一致点及び相違点の認定)のため、引用例考案1を認定するに当たっても、実用新案登録請求の範囲に記載された事項の限度で認定すれば足りるものと解すべきである。
(3) そうすると、前示(1)のとおり、本件訂正に係る訂正明細書の実用新案登録請求の範囲には、訂正考案における皿形ハウジングとキャップの関係につき「皿形ハウジングの内部を上から塞ぐキャップ」とのみ記載されているにすぎず、他方、引用例考案1のキャップ30が、皿形ハウジング10の内部を上から塞ぐ構成であることが認められるのであるから、本件決定が、引用例考案1につき、キャップと皿形ハウジングを高周波溶着して固定する点に触れずに、「皿形ハウジング10と、・・・前記皿形ハウジング10の内部を上から塞ぐキャップ30と、・・・で構成された回転ダンパー」(決定書6頁17行目~7頁4行目)と認定し、この認定に基づいて、訂正考案と引用例考案1とを対比したことに誤りはなく、原告主張の相違点の看過はないというべきである。
2 取消事由2(訂正考案と引用例考案1との相違点についての判断の誤り)について
(1) 原告は、引用例3、4に記載されているような「慣性ダンパ」が、振動を吸収する装置であるのに対し、訂正考案の「回転ダンパー」は、回転を制動する装置であるから、本件決定が、「本件訂正明細書の考案と同じ技術分野である『慣性ダンパ』」と認定したことが誤りであると主張する。
そして、引用例3(甲第7号証)及び引用例4(甲第8号証)には、それぞれ、「産業上の利用分野」として、「本発明は、OA機器等に多用されるようになったステッピングモータのステップ応答における振動防止のための慣性ダンパーに関するものである。」(甲第7号証1頁左下欄9行目~11行目)、「本発明は、OA機器等に多用されるようになったステッピングモータのステップ応答における振動防止を始め、回転シャフトの過渡的振動防止のための慣性ダンパーに関するものである。」(甲第8号証1頁右下欄9行目~12行目)との各記載があり、本件訂正に係る訂正明細書(甲第4号証)には、「産業上の利用分野」として、「本考案は、カセット蓋、テレビの摘み蓋その他の回転部分に用いられてそれらの回転を制動する回転ダンパーに関するものである。」(1頁14行目~15行目)との記載があることが認められる。
しかしながら、一般に「制動」とは、「運動を制止すること」(「広辞苑(第5版)」1476頁)を意味しており、訂正考案についての「回転部分に用いられてそれらの回転を制動する」とは、1方向(回転方向)の運動エネルギーを低減させ、その運動(回転)速度を減少させることをいうものと解される。しかるところ、機械工学辞典(乙第7号証)には、「減衰(damping)」の項目に、「機械系の運動エネルギーを熱エネルギーに変えて消散させる作用をいう.一般に減衰は,運動や振動に対して抵抗として作用し,それらを低減し消滅させる.」(同号証279頁)との記載があり、この記載に照らすと、運動に対して抵抗として作用し、それを低減、消滅させる作用と、振動に対して抵抗として作用し、それを低減、消滅させる作用とが、ともに「減衰(damping)」と称され、いずれも機械系の運動エネルギーを熱エネルギーに変えて消散させる作用であることが認められるのであるから、制動と振動の抑制とは、極めて近似した作用であるものと認められる。そして、このことに、前示のとおり、引用例3、4に記載されているような「慣性ダンパ」が、OA機器等のステッピングモータのステップ応答における振動防止等に用いられ、他方、訂正考案の「回転ダンパー」が、カセット蓋、テレビの摘み蓋等の回転の制動に用いられることを併せ考えれば、両者が属する技術分野は、全く同一ではないとしても、極めて近似したものとして、当業者に認識されているものと推認される。
そして、本件決定の前示「同じ技術分野である」との認定は、このような極めて近似した技術分野をも含む趣旨であると解されるから、その認定に誤りがあるということはできない。
また、引用例1(甲第5号証)に、「産業上の利用分野」として、「この発明は、カセット蓋、テレビのつまみ蓋その他の回動部分・・・に用いられ、その回動・・・を・・・制動する回転ダンパーに関する。」(1欄22行目~25行目)との記載があることに照らすと、引用例考案1の回転ダンパーも、訂正考案と同一であって、引用例3、4に記載されているような「慣性ダンパ」と極めて近い技術分野に属することが明らかである。
(2) しかるところ、本件訂正に係る訂正明細書(甲第4号証)には、訂正考案が、制動部材としてシリコンゲルを採用したことにつき、「従来の回転ダンパーは回転軸部の回転を制動する制動部材として、オイルやグリース等の粘性流体を使用していることから、回転抵抗及び経時により皿形ハウジングの内部に入れた前記粘性流体が該ハウジングとキャップの外壁から外部に漏出する虞れがある。」(1頁19行目~22行目)、「本考案の回転ダンパーは叙上の如く構成してなるから、下記の作用効果を奏する。・・・皿形ハウジングの内部に粘性の高いシリコンゲルといった粘性固体からなる制動部材を封入内在させてロータの回転を制動する様にしてなるから、制動部材がすぐれた制動機能を発揮し、かつロータ回転時の回転抵抗及び経時により外部に漏出することがない。」(3頁20行目~26行目)との各記載がある。
他方、引用例3(甲第7号証)に、「シャフト取付体と慣性体とを、ゲル状物質層を介して結合した慣性ダンパー」(特許請求の範囲)が記載され、その発明の詳細な説明に、「従来技術」として、「従来は、液体の粘性力を利用した粘性結合慣性ダンパー・・・が広く用いられている。」(1頁左下欄末行~右下欄2行目)との、「発明が解決しようとする問題点」として、「粘性結合慣性ダンパーでは、液体を封入しておくのにオイルシールが必要であったり」(同頁右下欄4行目~6行目)との、「実施例」として、「ゲル状物質としては、・・・シリコーンゲル・・・を用いるのがさらに望ましい。」(2頁左上欄末行~右上欄6行目)、「ゲル状物質層3が慣性体2とシャフト取付体1との間に介在しているため、両体1、2間の相互運動の結果として該ゲル状物質層3を変形させるが、・・・この振動エネルギーは速やかに熱に変換、消費されてしまうから、シャフト4の振動は速やかに抑えられることになる。」(同頁左下欄6行目~14行目)、「ゲル状物質は自己保形性が低いが、流動性を示すほどではないから、オイルシールのような厳密なシール機構は不要であり」(同頁右下欄9行目~12行目)との各記載があり、また、引用例4(甲第8号証)に、「シャフト取付体と慣性体をゲル状物質とを有し、シャフト取付体のダンパー部分と慣性体・・・の少なくとも一箇所には円周方向で対向し合う突面を互いに形成してあり、・・・前記突面間の隙間には針入度50~200としたシリコーン樹脂に、強誘電性セラミックスの微粒子が分散されているゲル状物質を介装してなることを特徴とする慣性ダンパー」(特許請求の範囲)が記載され、その発明の詳細な説明には、引用例3と概ね同旨の記載(2頁左上欄6行目~8行目、13行目~15行目、3頁右下欄14行目~4頁左上欄1行目、4頁右下欄10行目~11行目)があることに照らすと、慣性ダンパにおいて、ダンパ作用を奏する物質として、粘性液体に代えてシリコンゲルを用いることは、周知の技術事項であると認められる。
そして、そのことによる効果、すなわち、シリコンゲル等のゲル状物質が振動を速やかに抑えること、及び厳密なオイルシール機構を不要とすることが、訂正考案のシリコンゲルが、すぐれた制動機能を発揮し、ロータ回転時の回転抵抗及び経時により外部に漏出することがない効果を奏することと共通するものであることは明らかである。
そうすると、前示のとおり、制動と振動の抑制とが、ともに、機械系の運動エネルギーを熱エネルギーに変えて消散させるもので、極めて近似した作用であり、また、慣性ダンパと訂正考案及び引用例考案1の回転ダンパとが、極めて近い技術分野に属するものと認められるのであるから、前示周知技術と同様の効果を奏することを目的として、周知技術におけるダンパ作用を奏する物質であるシリコンゲルを、引用例考案1の制動部材である粘性流体に代えて用い、訂正考案の構成とすることは、当業者が極めて容易に想到できたものであるといわざるを得ない。
(3) 原告は、本件決定の「引用例3及び引用例4に記載されているシリコンゲルは、本件訂正明細書の考案のシリコンゲルと同じように、ロータの回転により攪拌されて併合し合いロータの回転を制動するものと認められる。」との認定につき、引用例3、4記載の「慣性ダンパ」におけるシリコンゲルの機能は、適正にロータを回転させる「回転の制動」ではなく、振動をゼロにする「振動の吸収」であるから、回転を制動するものとする認定は誤りであると主張する。
しかしながら、訂正考案の「回転の制動」が、1方向(回転方向)の運動エネルギーを低減させ、その運動(回転)速度を減少させることをいうものと解され、それが、同様に運動エネルギーの低減・消滅である慣性ダンパにおける振動の抑制と極めて近似した作用であることは前示のとおりであり、この運動が1方向か、双方向か、あるいは運動エネルギーを低減させるにとどまるのか、消滅させるのかによって、使用すべきシリコンゲルに、通常の設計において適宜選択し得る程度の差異を超える特段の相違があるものと解する根拠はない。
したがって、引用例3、4記載のシリコンゲルを引用例考案1に用いたとしても、訂正考案のシリコンゲルと同様、ロータの回転により攪拌されて併合し合い、ロータの回転を制動するものと認められるから、原告の前示主張を採用することはできない。
また、原告は、引用例3、4記載の考案におけるシリコンゲルが、機械系の運動エネルギーを熱エネルギーに変換して消散させる作用をしている点において、訂正考案におけるシリコンゲルと共通するとすることが、考案を原理のレベルまで極端に抽象化し、それに基づいて進歩性がないとするものであると主張するが、本件決定が、機械系の運動エネルギーを熱エネルギーに変換して消散させる作用をしていることのみに基づいて、引用例3、4に記載されたような周知技術におけるシリコンゲルを、引用例考案1に適用したものでないことは、前示のとおりであり、この主張も採用することができない。
(4) したがって、訂正考案と引用例考案1との相違点についての本件決定の判断に、原告主張の誤りはない。
3 取消事由3(本件考案と引用例考案5との相違点の看過)について
(1) 原告主張相違点a(エア溜り用凹部の有無)について
設定登録時の明細書の実用新案登録請求の範囲の記載は前示のとおりであって、「ロータ」については、「皿形ハウジングの底盤上で回転する制動板部、及び該制動板部の中心から起立する回転軸部とからなるロータ」とのみ記載されているにとどまり、ロータを構成する「制動板部」の具体的な形状の態様には限定がない。
他方、引用例5(甲第9号証)には、引用例考案5について、「内外に回転可能に嵌合し、その間の嵌合隙間に粘性オイルが介在する中空な内側ロータとハウジングからなり、内側ロータの中空内部には、ハウジングの外に突出した内外回転軸と・・・を内蔵し、粘性オイルに接する内側ロータの外面にエア溜り用凹部を形成したことを特徴とする回転ダンパー装置。」(実用新案登録請求の範囲)、「回転ダンパー装置1は、第1、第3図に示す様に、ハウジング4と、そのキヤツプ5と、ハウジング4中からキヤツプ5の外に突出する内外回転軸6と、ハウジング4中に収まる中空の内側ロータ7と、ハウジング4と内側ロータ7との嵌合隙間8中に充填される・・・粘性オイル9と・・・を備える。」(3欄8行目~15行目)、「前記ハウジング4は、第1、第3図に示す様に、円形の底壁4aと、この底壁4aの周囲から円筒形に立上つた底壁4bとから成り、・・・上記底壁4aには、内側ロータ7の回転中心となる、ほゞ中央から円形な盲筒状に隆起した軸部15を形成する。」(3欄29行目~35行目)、「粘性オイルに接する内側ロータ7の外面にはエア溜り用凹部を形成する。」(5欄19行目~20行目)、「内外回転軸6・・・が回転すると、・・・内側ロータ7に回転力を伝達する。このため、内側ロータ7はハウジング4中で回転し、その回転はハウジング4との嵌合隙間8に介在する粘性オイル9の粘性により制動される。」(7欄32行目~38行目)、「本考案によれば・・・粘性オイルに接する内側ロータの外面にはエア溜り用凹部を形成したので、組立作業において粘性オイル中にエアが混入したとしても、制動時と非制動時の回転がスムーズで、しかも耐久性の高い一方向性の回転ダンパー装置を提供することができる」(8欄41行目~9欄4行目)との各記載があり、これらの記載と図面第1、第3図の図示とによれば、引用例考案5が、「円形の・・・ハウジング4と、該ハウジング4の底壁4a上で回転する内側ロータ7、及び該内側ロータ7の中心から起立する内外回転軸6とからなる内外回転軸6と内側ロータ7の組立体」(決定書12頁15行目~18行目)を備えることが認められ、また、この「ハウジング4の底壁4a」、「内外回転軸6」が、それぞれ本件考案の「皿形ハウジングの底盤」、「回転軸部」に相当し、引用例考案5の「内側ロータ7」が、本件考案の「制動板部」と同様、制動部材(引用例考案5の粘性オイル、本件考案のシリコンゲル)の粘性によって制動される被制動部材であることが認められる。
そうすると、引用例考案5の「内外回転軸6と内側ロータ7の組立体」が、本件考案の「ロータ」と同様、「皿形ハウジングの底盤上で回転する被制動部材(本件考案の「制動板部」、引用例考案1の「内側ロータ7」)、及び該被制動部材の中心から起立する回転軸部とからなる回転体(ロータ)」の構成を備えることは明らかである。
そして、前示各記載によれば、引用例5には、引用例考案5につき、組立作業時における粘性オイル中へのエアの混入に対処するため、内側ロータ7の外面にエア溜り用凹部を形成することが開示されているところ、原告は、本件考案が、制動部材としてシリコンゲルからなる粘性固体を用いているため、エアの混入を問題にする必要がなく、エア溜り用凹部を形成することは不要であって、この点において本件考案と引用例考案5とが相違すると主張する。
しかしながら、本件考案と引用例考案5との相違点として認定すべき点であるか否かが、本件考案において欠くことができない事項として、その実用新案登録請求の範囲に記載された事項それ自体を、引用例考案5が備えるものであるか否かによって定まり、引用例考案5が、本件考案に係る実用新案登録請求の範囲に記載された事項を備えているとすれば、実用新案登録請求の範囲にない構成が加重されて、さらに限定がされているとしても、当該限定された事項を相違点として認定する必要がなく、したがって、本件考案との対比(一致点及び相違点の認定)のため、引用例考案5を認定するに当たっても、実用新案登録請求の範囲に記載された事項の限度で認定すれば足りることは、訂正考案と引用例考案1について前示したところと全く同様である。
そして、前示のとおり、設定登録時の明細書の実用新案登録請求の範囲には、本件考案の「ロータ」につき「皿形ハウジングの底盤上で回転する制動板部、及び該制動板部の中心から起立する回転軸部とからなるロータ」とのみ記載され、この「制動板部」の具体的な形状の態様には限定がなく、他方、引用例考案5が「皿形ハウジングの底盤上で回転する被制動部材(本件考案の「制動板部」、引用例考案1の「内側ロータ7」)、及び被制動部材の中心から起立する回転軸部とからなる回転体(ロータ)」の構成を備えることが認められるのであるから、本件決定が、内側ロータ7の外面に形成されたエア溜り用凹部に触れずに引用例考案5を認定し、本件考案と引用例考案5の対比(一致点及び相違点の認定)をしたことに誤りはなく、原告主張の相違点の看過はないというべきである(なお、被制動部材が、本件考案は「制動板部」であり、引用例考案5は「内側ロータ7」である点の相違は、相違点(1)において認定されている。)。
(2) 原告主張相違点b(キャップによるハウジング密閉の有無)について
設定登録時の明細書の実用新案登録請求の範囲の記載は前示のとおりであって、本件考案における皿形ハウジングとキャップとの関係については、「皿形ハウジングの内部を上から塞ぐキャップ」とのみ記載されているにとどまるものである。
他方、引用例5(甲第9号証)には、引用例考案5について、前示(1)の記載に加え、「周壁4bの外周には、・・・3つの爪17……を形成する。前記キヤツプ5は、円形の上壁5aと、この上壁5aの周囲から環状に短く垂下して、前記ハウジングの周壁4bの上端部の外周に嵌合する周縁部5bから成り、・・・上記上壁5aには、そのほゞ中央に前記内外回転軸6が通る円形の通孔18を開設する。又、前記周縁部5bには、下向きに垂下する3つの舌片19……を一体に形成すると共に、この舌片19には、上記ハウジングの爪17が嵌り込んで引掛かる方形の係止孔19′を開設する。」(3欄35行目~4欄8行目)、「キャップ5の通孔18を、内外回転軸6の突軸6cの先端に合せて、ハウジング4の上縁に被着する。このとき、キャップ5の3つの舌片19を、ハウジング4の爪17に合せて上から押し込むと、・・・係止孔19′に爪17が嵌り込み、キャップ5が外れなくなる」(6欄29行目~37行目)、「尚、ハウジング4とキャップ5を、例えば超音波溶着してもよい」(同欄40行目~41行目)との各記載があり、これらの記載と図面第1、第3図の図示とによれば、引用例考案5のキャップ5が、ハウジング4の内部を上から塞ぐ構成であることは明らかである。
原告は、引用例考案5が、粘性オイルの漏出を防ぐようキャップでハウジング内部を密閉するものであるのに対し、本件考案のキャップがハウジング内部を密閉するものではないから、本件考案と引用例考案5とはこの点で相違があると主張するが、引用例考案5が、本件考案に係る実用新案登録請求の範囲に記載された事項を備えているとすれば、この実用新案登録請求の範囲にない構成が加重されて、さらに限定がされているとしても、当該限定された事項を相違点として認定する必要がなく、したがって、本件考案との対比(一致点及び相違点の認定)のため、引用例考案5を認定するに当たっても、実用新案登録請求の範囲に記載された事項の限度で認定すれば足りることは、前示のとおりであり、そうすると、前示のとおり、設定登録時の明細書の実用新案登録請求の範囲には、本件考案における皿形ハウジングとキャップの関係につき「皿形ハウジングの内部を上から塞ぐキャップ」とのみ記載されているにすぎず、他方、引用例考案5のキャップ5が、ハウジング4の内部を上から塞ぐ構成であることが認められるのであるから、本件決定が、キャップによってハウジング内部を密閉するものであるかどうかに特に触れずに引用例考案5を認定し、本件考案と引用例考案5の対比(一致点及び相違点の認定)をしたことに誤りはなく、原告主張の相違点の看過はないというべきである。
4 取消事由4(本件考案と引用例考案5との相違点(1)の認定の誤り)について
原告は、本件決定が、本件考案と引用例考案5との相違点(1)として認定した「制動部材について、本件登録考案では、回転する制動板部となっているのに対し、引用例考案5では、回転する内側ロータ7となっている点」(決定書14頁10行目~12行目)につき、正確には、本件考案においてはロータに回転制動のための制動板部が存在するのに対し、引用例考案5にはこれが存在しないこと(原告主張相違点c)が、両者の相違点であり、本件決定の相違点(1)の認定は誤りであると主張する。
しかしながら、前示設定登録時の明細書の実用新案登録請求の範囲の記載によれば、本件考案が「回転する制動板部」を備えることは明らかであり、他方、前示3の(1)のとおり、引用例考案5が、「円形の・・・ハウジング4と、該ハウジング4の底壁4a上で回転する内側ロータ7、及び該内側ロータ7の中心から起立する内外回転軸6とからなる内外回転軸6と内側ロータ7の組立体」(決定書12頁15行目~18行目)を備え、この「内側ロータ7」が、本件考案の「制動板部」と同様、制動部材(引用例考案5の粘性オイル、本件考案のシリコンゲル)の粘性によって制動される被制動部材であって、結局、引用例考案5の「内外回転軸6と内側ロータ7の組立体」が、本件考案の「ロータ」と同様、「皿形ハウジングの底盤上で回転する被制動部材、及び該被制動部材の中心から起立する回転軸部とからなる回転体(ロータ)」の構成を備えることが認められるのであるから、本件決定の前示相違点(1)の認定に誤りがあるとはいえない(なお、本件決定が、相違点(1)の認定において、本件考案の「制動板部」と引用例考案5の「内側ロータ7」とを併せて、「制動部材」と表現したこと、及び本件考案と引用例考案5との認定において「皿形ハウジングの底盤上で回転する制動部材」との表現を用いたことは、設定登録時の本件明細書の記載において、「制動部材」との語が、ハウジング内部に内在させ、その粘性によって、攪拌されることにより回転体の回転を制動する物質(本件考案のシリコンゲル、引用例考案5の粘性オイル)を意味するものとして用いられていることにかんがみ、極めて不適切であるが、本件決定において、いずれを指すかが不明確であるということはないから、誤りとまでいうことはできない。)。
「本件考案においてはロータに回転制動のための制動板部が存在するのに対し、引用例考案5にはこれが存在しないこと」との原告主張相違点cは、結局のところ、前示相違点(1)を、ロータ(引用例考案5の「内外回転軸6と内側ロータ7の組立体」)に制動板部が存在するか否かという観点から言い換えたものにすぎない。
5 取消事由5(本件考案と引用例考案5との相違点についての判断の誤り)について
(1) 原告は、本件決定の認定した相違点(4)の「制動部材について、本件登録考案(注、本件考案)では、シリコンゲルからなる粘性固体となっているのに対し、引用例考案5では、シリコンオイル等からなる粘性オイルとなっている点」(決定書15頁5行目~8行目)についての本件決定の判断(同16頁14行目~17頁14行目)が、取消事由2における主張と同一の理由、すなわち、引用例2~4に記載された「慣性ダンパ」と本件考案の技術分野が同じではないこと、及び慣性ダンパにおいてシリコンゲルは振動を吸収するために用いられるのに対し、本件考案においては、回転の制動のためにシリコンゲルを用いるものであることにより、誤りであると主張するが、上記判断に誤りがないことは、取消事由2につき、前示2において述べたと同様である。
(2) また、原告は、本件決定の認定した相違点(3)の「Oリングの嵌装着態様について、本件登録考案(注、本件考案)では、ロータの回転軸部の外周に嵌装着されたOリングとなっているのに対し、引用例考案5では、組立体の内側ロータ7の筒壁7bの上縁の環状段部29に嵌装着されたOリングとなっている点」(決定書14頁19行目~15頁4行目)につき、相違点(4)のとおり、制動部材として粘性オイルを用いているために、Oリングを環状段部に嵌装着して密閉性を高めたりする必要があったところ、本件考案は、制動部材として、シリコンゲルからなる粘性固体を用いることにより、引用例考案5の相違点(3)に係る工夫を不要とするような技術を提案したものであると主張する(なお、原告は、原告主張相違点a、bについても同様の主張をするが、原告主張相違点a、bが、本件考案と引用例考案5との相違点に当たらないことは前示のとおりである。)。
しかしながら、仮に、本件考案が、制動部材としてシリコンゲルからなる粘性固体を用いることによって、これに粘性オイルを用いる引用例考案5の相違点(3)に係る構成を不要としたものであるとしても、本件考案が、制動部材に、粘性オイルに換えて、シリコンゲルからなる粘性固体を用いる点、すなわち、本件考案の相違点(4)に係る構成が、引用例考案5と、引用例2~4に記載されているような従来周知の技術事項に基づき、当業者が極めて容易に想到できたものと認められることは前示(1)のとおりであるところ、密閉のための厳密なシールを要しないことは、シリコンゲルのようなゲル状物質を用いた場合に当然予測することのできる効果である(なお、引用例3(甲第7号証)には、「ゲル状物質は・・・オイルシールのような厳密なシール機構は不要であり」(2頁右下欄9行目~12行目)との記載がある。)から、Oリングの嵌装着態様に係る相違点(3)は、制動部材がシリコンゲルからなる粘性固体であるか、粘性オイルであるかの相違に応じた単なる設計的事項であると認められ、したがって、「相違点(3)は、当業者が実施に際して通常行う設計的事項の微差にすぎず、格別なものではない。」(決定書16頁10行目~12行目)とした本件決定の判断に誤りはない。
(3) さらに、原告は、本件考案の相違点(1)に係る構成が、制動性をより高めるために工夫した点の一つであると主張する(原告の主張は、原告主張相違点cに係る構成についてのものであるが、原告主張相違点cが、本件決定の認定した相違点(1)を言い換えたものにすぎないことは、前示4のとおりである。)。
しかしながら、粘性固体、粘性オイル等の制動部材の性状などとともに、これによって制動される被制動部材の形状、大きさ等により、被制動部材に作用する力の大きさ、ひいては制動性に変化が生じることは技術常識というべきであり、また、引用例4(甲第8号証)の「シャフト取付部11と中径円板状のダンパー部分12とが一連となって成り、ダンパー部分の一部、2箇所が外方に向かって断面矩形波状に突起13する。」(2頁左下欄13行目~16行目)との記載及び第1図の図示に照らして、被制動部材の形状が、「板部」と称し得る突出した板状である場合も周知であるものと認められる。
そうすると、相違点(1)につき、「制動部材(注、「制動部材」との表現が不適切であることは前示4のとおりである。)の形状は、従来より、粘性物質の性状や作用する力の大きさ等を考慮して適宜選択されているものであって、制動板部とする程度のことは、当業者にとって格別困難なことと認めがたい。してみると、この相違点(1)は、当業者が実施に際して通常行う設計的事項の微差にすぎず、格別なものではない」(決定書15頁11行目~17行目)とした本件決定の判断に誤りはない。
(4) したがって、本件考案と引用例考案5との相違点についての本件決定の判断に、原告主張の誤りはない。
6 以上のとおり、原告主張の本件決定取消事由は理由がなく、他に本件決定を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 篠原勝美 裁判官 石原直樹 裁判官 宮坂昌利)